Invent or Die - 未来の設計者たちへ:第三回 中島聡 x 松本徹三 書き起こし その4

2018年11月20日(火)に開催された「Invent or Die - 未来の設計者たちへ:第三回 中島聡 x 松本徹三」の書き起こしです。

ソフトウェアエンジニアである中島聡と、半世紀以上にわたり、世界のITビジネスの最先端で巨大企業の経営に携わってきた松本徹三氏が、「AIの真髄」に対する正しい理解にとどまらず、シンギュラリティに達した「究極のAI」に対し、私たち人間に突きつけられる向き合い方の選択についてまで、グローバルな観点から議論します。

© naonori kohira

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さてここでAIと政治というテーマに移りましょう。「AIは人間が自分のために役立たせようとして作るもの」という定義から考えれば、政治はまさにその対象になります。端的に言えば、私自身は「政治こそAIの天職だ」とさえ思っています。

先ほど「AIは人間の感情を統計学的に理解するが、自らはいささかも感情を持たない」と申し上げましたが、もしそうならば、そんなAIこそが、我々にとって理想的な政治家なのではないでしょうか? 強い自己顕示欲やエゴや嫉妬心を持った政治家は、我々には迷惑なだけです。勿論、汚職や腐敗にまみれた政治家なんか願い下げですよね。それなら、どう考えてもAIが一番です。お金なんかはじめから要らないのですから、汚職なんかするわけはありません。任期もないので、人気取り政策にうつつを抜かす必要もありません。暗殺もしようがないので、テロを恐れる必要もありません。政治家の仕事は、本来は、「自分の信念を選挙民に押し付ける」ことではなく、「選挙民が望むことを政策に反映してくれる」ことであるべきです。しかし、人間の政治家は前者に熱心で、後者には無頓着の様です。AIは正反対です。AIは色々な政策の選択肢を丁寧に選挙民に説明し、そして問いかけます。「こういう政策についてどう思いますか? 嬉しいですか? 悲しいですか?」そして結果を見て考え、あらためて選挙民に提案します。「・・・ははぁ。60%の人は嬉しいけど、40%の人は悲しいのかぁ。」「よし、それならこういう妥協案はどうですか? これならほとんどの人にとってまあまあだと思いますよ。」これこそが、本来の民主主義のあるべき姿ではないでしょうか?

ところで、皆さんは、最近東京都の多摩市長選挙に「AI市長候補」を名乗る人が立候補したのをご存知ですか? この人の選挙ポスターには、候補者の顔ではなくロボットが描かれていたので、みんな驚きました。結局現役の市長が再選されてこの人は4000票しか集められず、泡沫候補扱いで、日本ではテレビやラジオ、新聞でも報じられる事はありませんでしたが、何と海を越えたアメリカでは「ニューズウィーク」「シカゴ・トリビューン」「FOX7」といった超一流メディアが、ドイツでは国営のテレビ局が、大ニュースとして扱ったのです。「皆さん知っていますか? 日本ではロボットが市長に立候補して4000票も集めたんですよ。日本ってすごくない?」というわけです。

このドイツの国営テレビ局が日本のAI事情について取材に来て、私も取材を受けました。「松本さんは人間の政治家とAIの政治家とどちらが良いですか」と聞かれたので「もちろんAIです。決まっているじゃあないですか」と答え、その理由を伝え、「皆さんは人間の政治家にそんなに期待しているのですか」と逆に質問しました。ついでに、相手がドイツ人なので少しゴマもすっておこうと思い、「ドイツの観念哲学というものが昔は世界を風靡していましたね。こういった哲学は、人間を規定するものとしては今ではすっかり古いものとみなされてしまっていますが、AIを規定するには大変ふさわしいものなので、あらためて注目しても良いのでは?」と言ってみました。意表を突いた話だったので、相手は少し驚いていたようでした。

せっかくなので、この機会に少し哲学的な話をすると、ドイツ観念哲学の旗手は有名なエマニュエル・カントという人で、この人が書いた純粋理性批判という哲学書は当時の世界のベストセラーでした。一言で言えば、人間は欲望とかそういうものを切り捨てて純粋な理性であるべきだという、そういった哲学でしたが、その後に出てきたいわゆる実存主義哲学では、こういう考えは全面的に否定されて、「人間にはあるべき姿なんていうものはない。人間はあるがままにあるのだ」とされました。実存主義哲学の旗手だったジャン・ポール・サルトルは「人間は自由という牢獄の中にいる」という有名な言葉を残していますが、これは「人間は生まれながらにして自由でしかあり得ない」という意味です。私自身の考えもこれと全く同じですが、「人間はどのようなAIを作るべきか」という問題になると、一昔前のエマニュエル・カントに戻りたい気持ちです。自分自身は完全に自由な存在でありたいけれども、我々の為に政治をし、社会を作ってくれるAIは、自分のような人間ではなく、欲望も感情も持たない「純粋に理性的な存在」、つまり心頭滅却した偉いお坊さんのような存在であって欲しいという事です。

これで私の基本的な考えは大体お話しできたと思いますので、あとは中島さんから大いに苛めて頂ければと思います。

AIが神になる日――シンギュラリティーが人類を救う

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