Invent or Die - 未来の設計者たちへ:第三回 中島聡 x 松本徹三 書き起こし その1

2018年11月20日(火)に開催された「Invent or Die - 未来の設計者たちへ:第三回 中島聡 x 松本徹三」の書き起こしです。

ソフトウェアエンジニアである中島聡と、半世紀以上にわたり、世界のITビジネスの最先端で巨大企業の経営に携わってきた松本徹三氏が、「AIの真髄」に対する正しい理解にとどまらず、シンギュラリティに達した「究極のAI」に対し、私たち人間に突きつけられる向き合い方の選択についてまで、グローバルな観点から議論します。

© naonori kohira

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松本でございます。実は私は非常に変わり種です。今私は何歳くらいだと思われますか? 実は79歳です。22歳から仕事を始めているので、57年くらいは仕事をしてきており、まだ飽きずに仕事をしているわけです。「年寄りも仕事をしろ」と最近言われ始めましたけど、私は昔からずっと言ってきています。「高齢者をデノミネーションすればいい。高齢者なんていう呼び方は誰でも勝手に決めていいのだから、70歳にならないと高齢者と呼ばないことにすれば、日本の高齢化率はあっという間に下がる」と言ってきました。

私自身についていえば、身体はやっぱり年を取るとガタガタになりますね。しかし、頭は、気持ちの持ち方次第です。私の毎日の発想のパターンは30代の頃と何も変わりません。私は伊藤忠で34年仕事をしましたが、ある日突然辞めると言いました。こんな人間は、今だったらいくらでもいますが、その当時としてはとても珍しかったのです。それまでもずっと、大きな会社勤めは色々なしがらみがあって思い通りにいかないことが多いから、自分で会社を作って好きな様にやりたいと密かに思っていたのですが、あることが契機になって決心しました。今のEightみたいに、名刺の読み取りサービスから初めて、LinkedInみたいな会社に発展させたいと思っていました。当時56歳でした。

ところが、その時、モバイル通信の世界で革命的な技術を開発していた米国のクアルコムと知り合いまして、これはすごいと思いました。クアルコムはその頃はまだ数百人の会社で、自社開発の半導体を作り始めて間もない時でした。本社の要請に応じてクアルコム・ジャパンを作ったのが、私にとっては大きな転機になりました。クアルコムの仕事は通算すれば10年くらいやったことになりますが、3人で作った会社が5-6年で100人ぐらいになりました。

ところがその頃に孫正義さんと出会ったのが、私にとってはさらなる転機になりました。孫さんはどうしてもモバイルをやりたいと思っておられて、私に目をつけたのだと思います。その頃の孫さんは心血を注いでいたADSLがあまり思う様にはいかず、相当苦労しておられたのですね。光ファイバーが追いかけてくるし、相当ヤバかったのです。しかし、あの人の凄いのは、ヤバければ新しいことをすれば良いのだと考えて、すぐにそれを行動に移すというところです。最初は「松本さんがみんなやってくれ」と言われたのですが、これは「全く自信がない」と言ってお断りしました。お断りするだけでなく、「孫さんもやられるべきではない」とも申し上げました。「孫さんはいつの日かNTTを倒すといつも言っておられますよね。でも、これをやったら死にますよ。死んでしまったらもうNTTは倒せませんよ」とまで申しあげたのです。

これを言ったら千本(イー・アクセス、イーモバイル)さんに叱られるかもしれませんし、今また新しく携帯電話事業をやろうとしている楽天さんもお怒りになるかも知りませんが、通信事業はスケールメリットがモノを言う世界です。どんなに良い端末を作ったとしても、全国津々浦々で繋がらなければ誰も買わないでしょう? ということは、この世界では、新規参入は並大抵のことでは成功出来ないのです。楽天の三木谷さんはどうされるのだろうかと密かに心配していたら、KDDIと提携するという発表がありましたので、やっぱりそうだったのかと思いました。KDDIと提携すれば楽天の端末は全国で使えますが、自社のネットワークだけでは全国をくまなくカバーするのは不可能ですから、恐らく一台も売れないでしょう。Eモバイルだって、千本さんや種野さん(種野晴夫氏)の様なプロ中のプロが長年取り組まれても、最後まで携帯電話やスマホは出せず、データ通信だけで勝負するしかなかったのです。

結果として何が起こったかといえば、孫さんは、せっかく手に入れた周波数免許を返上して、その代わりに当時第3位の携帯電話事業者だった英国のボーダフォンの日本会社を買ったのです。その時私が孫さんに勧めしたのは、MVNOという制度を利用して、ボーダフォンが全国に展開したネットワークをそのまま利用して販売事業をやることでした。これをやったら、必ずソフトバンク系の販売網の方がボーダフォン固有の販売網より数倍多く売るだろうから、発言力が強くなり、そのうちに合弁に持っていけるだろうと踏んでいたのです。しかし、案に相違して、MVNOの交渉の途中で、ボーダフォンの方から「いっそ買収しないか」という打診があり、話がまとまったのです。

孫さんは今や世界で押しも押されもせぬ人になりましたけど、あの当時はまだ事業家としての評価は定まっていませんでした。巨額の借金を背負って、生まれて初めての巨大な通信ネットワーク事業に取り組んだのですから、本当に真摯に、怖がりながら仕事しておられました。しかし、思い切りの良さは天下一品で、アイフォンに全てを賭けたことで業績が一気に伸びました。業績の伸びが尋常でなかったので、ソフトバンクモバイルの成功物語は世界的に有名になりました。加入者数で世界一だったボーダフォンが下げ続けていた日本でのシェアが、ソフトバンクが買収した途端に典型的なV字回復で急速に上がっていったのですから、世界中が驚いたのも当然でした。

ソフトバンクが世界で注目されたのにはもう一つ理由があります。それは世界中でインターネットの世界から通信事業に入ってきたのはソフトバンクだけだったからです。世界中の通信会社はみんな巨大な資金を動かせる既成の大きな会社が母体でしたが、これからの流れはインターネットではないかなと感じ始めていました。そこにインターネットの世界から通信業界に飛び込んできた会社があって、その会社が未曾有の成功を収めているというのですから、注目されるのは当然です。

ソフトバンクが参入した時の日本のマーケットシェアはといえば、その前身のボーダフォンは16.5%に過ぎませんでした。これに対して王者ドコモのシェアは54%ぐらい。KDDIはその中間でした。政治でも第三政党というものは普通は勝てません。1位と2位の戦いに全てが収斂されていく中で、3位は完全に埋没してしまうのが普通です。ですから、多くの人がソフトバンクはいつか必ず手を上げるだろうと思っていたのですが、手を上げるどころか、遂に三社のシェアは4:3:3、ちょうど三国志の世界みたいになってしまったのです。こうなると、孫さんのことを「単なる成り上がりじゃないか」と思っていた人達も、その力を認めざるを得なくなりました。事業家としての孫さんの現在の地位は、この時に形作られたと言ってもいいかもしれませんね。

しかし、孫さんは、今はもう事業家というよりも、投資家になったのではないかと思います。孫さんの今の目標は、世界史上で最強の投資家として名を馳せることではないのだろうかと私は思っています。「ウォーレン・バフェットより大きく張る。ウォーレン・バフェットが過去に対して投資するのに対し、自分は未来に投資する。それなのに、結果として、自分の成功率の方がウォーレン・バフェットを上回る」それが孫さんが今狙っていることなのではないだろうかと、私には思えてなりません。孫さんの投資の対象の多くが「今までにはなかったものを作り出して、それで世の中の人の生活を変える」事業であることは間違いないようですが、UberやWeWorkの例にも見られるように、投資対象は、既にある程度成功している会社、つまり既に「勝ち馬」とみなされている会社に傾斜しているかのようです。このような方針は、投資家のあり方としては決して悪いとは思いませんが、悪戦苦闘していた頃の事業家としての孫さんしか知らなかった私としては、ちょっと寂しい気もします。

AIが神になる日――シンギュラリティーが人類を救う

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